2020年6月29日月曜日

加害の事実認定なしのまま、なぜ「報告」ができるのか 角田由紀子弁護士に聞く最終号の問題点 (『週刊金曜日』2019年4月12日号掲載)

 2019年3月に発行された『DAYS JAPAN』の最終号(2019年3月4月合併号)は、第一部「『広河隆一性暴力報道』を受けて検証委員会報告」と、第二部「性暴力を考える」(ジャーナリストの林美子氏責任編集)の二部構成になっていました。
 この最終号の内容の問題についての角田由紀子弁護士への『週刊金曜日』によるインタビュー記事(『週刊金曜日』2019年4月12日(1228号)掲載)を、『週刊金曜日』編集部の許可を得て転載します。

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加害の事実認定なしのまま、なぜ「報告」ができるのか 角田由紀子弁護士に聞く最終号の問題点 

『DAYS JAPAN』の最終号は、第一部・第二部を通して問題のある構成になっている。結果として得をしたのは広河隆一氏とデイズジャパンではないのか。
性暴力問題を長く追及してきた角田由紀子弁護士に話を聞いた。


 第一部の「検証委員会報告」を読みましたが、検証過程における「報告及び考察」であれ、なぜ今こんな中途半端な形で出さなければいけなかったのか理解に苦しみます。
 まず、検証するということは事実関係を明らかにすることであるはずなのに、それがありません。「はじめに本記事の性格について」の冒頭には、「広河隆一による性暴力、パワーハラスメント疑惑(以下「本件」)」としか広河隆一氏の加害行為についての記述はなく、検証の前提となるはずの「本件」なるものの具体的中身が何か、書かれていません。検証委員会として、自分たちであらためて「本件」についての事実を確定する必要があったのではないでしょうか。

中途半端な「報告」は「誠意」ではない

 本来、検証報告に被害者の聴取結果が載っていないなんてことは考えられませんが、「報告及び考察」にはそれがないので、当然、加害の事実認定もできていません。
 事実認定できていないと、自分たちの見解は出せないはずですが、「報告及び考察」の構成は、広河氏の弁明に対して調査担当者の見解が載せられているというものです。事実認定がないので認識の応酬にしかなっておらず、調査担当者が広河氏の認識に批判を加え、氏を悔い改めさせようとしているような構成です。ですが、広河氏を教え諭すことが目的ではないですよね。被害者の救済は念頭にないのでしょうか。結果として、この「報告」は、広河氏に弁明の場を与え、株式会社デイズジャパンを免罪しただけで、得をしたのは広河氏とデイズジャパンのみです。
 どのみち、すでに最終号の発行 は1カ月遅れていたのですし、もっと遅らせても良かったはず。検証委員会が主張している時間的限界が絶対的なものであったとは思えません。『DAYS JAPAN』の川島進最終号発行人兼編集人は巻頭の挨拶で「どのような検証体制を組むことが、読者に対する最も誠意ある対応であるか検討を重ねました」と書いていますが、この「報告」は読者への誠意になっていないと思います。
 広河氏による性暴力について、そしてこういうことを許していたパワーハラスメントの温床のような会社環境などの事実関係を確認した上で、なぜ広河氏はこんなことをしたのか、会社の責任はどうするのか、被害者の救済策や再発防止策はどうするのか、という姿勢を示すことが読者に対する誠意になる。それがあってはじめて、加害者側の弁明を載せてもいいと思います。それができないなら、検証委員会は中途半端な「報告」を断るべきだった。検証委員会は、2月上旬に「業務を開始した」と言いますが、とすると、校了日まで約1カ月しかない。検証過程の「報告」なんてできるはずがなかったのではないでしょうか。
 最終号の発行ありきで、「報告及び考察」がなされてしまいました が、最終号を発行することと、しっかりとした調査検証をやることをどう両立させていくかという方法は十分に考えるべきでした。

そもそも「合意」とは 何かを確認していない

 広河氏と調査担当者双方が、「合意」と「人権」が何を意味しているのか、ということの確認なしに主張しあっていることも問題です。この言葉の定義が双方で異なっているので、話がかみ合わない。そもそも日本社会においては、「合意」(特に性行為について)が 何なのか、突き詰めて議論がされていません。「合意」とは、両者の 自発的な判断でなければならないということ。「はい」ということが「合意」ではありません。どのようにしてその人が「はい」という 言葉を出すに至ったのか、というところが重要なわけです。
そういうことを理解せず、広河氏は、「相手がいくら合意しても、その合意の中身は本意ではなく、仕方なく、つまり合意せざるを得ない立場や力関係で合意しているのだと考えるべき、という考え方は、私にとっては新しい考え方でした」と述べています。「合意」と は何か真剣に考えたこともないのでしょうね。広河氏と性暴力被害者の状況を考えると、相手側の女性が「合意」していると思う方が おかしいような状況です。 広河氏は、自身の権力について無自覚だったとしていますが、かりにそうだったとすれば、そのことが厳しく糾弾されるべきです。
 日本の性犯罪を扱う裁判では、合意(同意)がなかったことを結果的に被害者が証明する形になっています。加害者は、広河氏のように「合意」があったと言います。 3月には、飲酒で朦朧(もうろう)としていた女性に性的暴行したとして起訴されていた男性が、女性は性行為を許容していると思ったと主張して認められ、福岡地裁久留米支部が無罪判決を出しました。これを許容する法や社会は恐ろしいです。
 また、調査担当者は「人権活動家と称されていた広河氏になぜ抑止力がはたらかなかったのか」と 述べていますが、抑止力の問題でしょうか。広河氏の唱えてきた「人権」はいい加減なもので、広河氏の「人権活動」の中に、女性の人権は入っていなかったわけです。 入っていないから、「人権侵害をした」と言っても彼は理解できない。
女性の人権は含まれなかった、フランス革命時の人権と同じセンスの人なのではないかと感じます。

第二部という"付録"で会社の責任は置き去り

 そして、「性暴力をどう考えるか。連鎖を止めるために」をテーマにした第二部。「報告及び考察」だけだと中途半端で成り立たないから、この"付録"が付けられたのでしょうけれど、"付録"のほうが圧倒的にページが厚い。第二部では、性暴力がどんなにいけないか ということがさまざまな角度から 言われていますが、そんなことを 今、デイズジャパンが載せる資格 はあるのでしょうか。広河氏のやったことを見逃してしまってまずかったけれど、デイズジャパンとしてはこういう問題をちゃんと考えられるし、こういうものが出せる理解のある出版社です、と言い訳しているようにしか思えません。
 第二部の論考は、それぞれ優れたもので、読む価値があります。しかし、今はまず、広河氏とデイズジャパンの問題について話すべきです。デイズジャパンは無責任。現段階でこのような"付録"を付けると、アリバイ作りに感じます。 会社の責任を置き去りにして、広河氏の弁明とともに出すべきではなかったと思います。
 最後に、私は検証委員や第二部に関わった人たちの中に知り合いが多くいますので、このような批判的意見を述べることに躊躇しなかったわけではありません。でも、仕事の内容への批判は、個々人との関係とは別物だと考えています。日本社会では仕事を批判すると、その人間を否定したかのように受け取られてしまう。そうではないということが通用する社会になってほしいですし、個人の関係で付度し、言うべき批判ができないような状況になることは望ましくない。広河氏・デイズジャパンの問題について、もっと闊達な批判・議論が交わされることを願います。

角田由紀子(弁護士)
まとめ/渡部睦美(編集部)

つのだ ゆきこ・弁護士。専門はセクシュアル・ハラスメント、ドメスティック・バイオレンスなど。医学部入試における女性差別対策弁護団の共同代表。東京強姦救援センター法律アドバイザー、女性の安全と健康のための支援教育センター代表理事を兼務。著書に、『性と法律』(岩波新書、2013年)など。

『週刊金曜日』2019年4月12日(1228号)pp.42-43より、編集部の許可を得て転載

角田インタビュー記事1ページ目
角田インタビュー記事2ページ目




2020年6月26日金曜日

BDS japan 有志が声明発表

イスラエルのパレスチナ人抑圧政策に反対し、イスラエルに対するボイコット(Boycott)、資本引きあげ(Divestment)、制裁(Sanction)を実行することを求める運動に日本で取り組む市民グループ、BDS japan の有志が「広河隆一氏とデイズジャパンの事件について謝罪・慰謝賠償による責任履行と二次加害行為の終結を求めます」と題する声明を6月25日付で発表しました。
ツイッター上ではハッシュタグ #広河隆一氏とデイズジャパンに責任履行を求めます で賛同・拡散を求めています。