2021年4月4日日曜日

「セクハラ報道と検証を考える会 bot」の新規ツイートについて

「考える会」bot の新ツイート

 セクハラ報道と検証を考える会(以下「考える会」)のツイッターアカウント @scshmjp が2021年4月1日に新しいツイートを行った。自動投稿されるツイートが大部分を占めるアカウントが単発で行ったツイートである。きっかけは『現代ビジネス』ウェブ版に掲載された西口想氏のコラム「ハラスメントの中で生まれた作品をどう評価すればいいのか」であるようだ。

西口氏が問題視しているのは山田洋次監督の映画『男はつらいよ お帰り 寅さん』(2019年12月27日公開)に広河隆一氏が撮影したと思しき写真が用いられており、エンドクレジットに名前が記されていることだ。西口氏は「その写真が広河の写真である必然性は物語上にはない」ことを踏まえて“なぜ差し替えなかったのか?”という問題提起を行っている。

これに対して「考える会」は次のような連続ツイートを行った。連続ツイートは2つのグループに分けることが出来る。

A:広河氏の性暴力が事実であることを前提としていることへの批判

B:写真の差し替え要求に対する批判 

これまでもにじみ出ていた広河氏を擁護しようとする意図がいまや鮮明になっている。 

Aの主張について

「考える会」は「示談書などの証拠を示さずに性犯罪を認定するのは、報道倫理に反するとみなされる」と主張するが、「証拠」の例示が「示談書」なのはなぜなのだろうか? 加害者が加害を認め両当事者の間で一定の合意がなされた場合にしか「示談書」の類は存在しないのに。たしかにツイートには「など」とありはするが、加害者が否認している事例を記事にすることへの反発を伺わせる。

他方、広河氏のケースではすでにデイズジャパンから2名の女性に慰謝料などが支払われていたことが報じられている。広河氏個人による賠償ではないにせよ、裁判所が選任した破産管財人が被害を認めたことの法的な意味は大きい。支払いが行われたこと(及びその報道)について広河氏は公的にはなんの発言も行っていない。西口氏が広河氏による性暴力が事実であったことを前提としてコラムを執筆したとしても「稚拙」などと謗られるいわれはなかろう。

なお「考える会」が『週刊文春』の記事を否定すべく公表した記事については、私たちは以下で再反論しておいた。

「セクハラ報道と検証を考える会」の「検証」なるものについて(1)〜(3)

https://donotforgetvictims.blogspot.com/2020/07/1.html

https://donotforgetvictims.blogspot.com/2020/07/2.html

https://donotforgetvictims.blogspot.com/2020/08/3.html

また「考える会」が性暴力報道一般について考察する体をとりながら実質的に広河氏を擁護するかたちになっているという点については、以下で指摘した。

セクハラ報道と検証を考える会」の誤訳から見える、性暴力理解の根本的な欠落(1)〜(2)

https://donotforgetvictims.blogspot.com/2021/01/1.html

https://donotforgetvictims.blogspot.com/2021/01/2.html

Bの主張について

西口氏が求めているのは写真の差し替えであって映画のボイコットではないのだから、これはいわゆる「藁人形たたき」に過ぎない。また自分が観ないだけでなく社会に「観ないよう促す」ことが「知る権利の侵害」だという主張も噴飯ものだ。デモ隊が映画館を封鎖するというならともかく、ボイコットに賛同しないひとは呼びかけを無視して観ることができるからである。むしろ、ある作品に性暴力加害者が関わっていることを広く知らせ問題提起しようとする動きを抑え込もうとすることの方が「知る権利」の侵害ではないか。

西口氏のコラムは「性暴力やハラスメントで告発されたアーティストの作品をどう評価するか、私たちが拠ってたつべき基準はたしかにまだ確立されていない」と慎重な立場を明らかにしたうえで、問題を「作家と作品の関係」だけではなく「観客」を含む三項関係で考えようとするものであり、“悪いことをしたやつの作品は社会から抹殺しろ”といった粗雑な議論ではない。粗雑なのはむしろ「考える会」の側の反応であろう。