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2020年5月31日日曜日

「一般財団法人 日本フォトジャーナリズム協会」のフェースブック上の「通告書」は二次加害である


広河隆一氏(フォトジャーナリスト、及び株式会社デイズジャパン前代表取締役)の性暴力とパワハラが広く知られるようになったきっかけを作った、『週刊文春』の2019年1月3・10日号「7人の女性が#MeToo セックス要求、ヌード撮影『世界的人権派ジャーナリスト<広河隆一>の性暴力を告発する』」、同年2月7日号「新たな女性が涙の告発『広河隆一は私を二週間毎晩レイプした』」をはじめ、『文春オンライン』でこの問題について記事を書き続けているジャーナリスト田村栄治氏による最新記事「“性暴力”広河隆一氏が設立した“人権団体” 大物写真家たちはなぜ守ろうとするのか」(2020年4月28日)がネットで公開された。

その後すぐ、この記事で批判の対象となっている「一般財団法人 日本フォトジャーナリズム協会」が、この記事の著者である田村氏に抗議と謝罪を要求し、文春オンラインにも文書回答を求める「通告書」をフェースブックで発表した。私たちは今回のブログ投稿で、この「通告書」は二次加害(セカンドレイプ)であるということを指摘したい。

★★★

上記の文春オンライン記事は、広河氏が2018年11月に設立した一般財団法人「日本フォトジャーナリズム協会」(以下、「協会」と略すこともある)が、広河氏の人権侵害が発覚した後にも存続し続けていることに疑問を投げかけている。記事が指摘するように、広河氏は「DAYS JAPAN」(デイズジャパン)誌上において、2018年11月20日付けで、2019年3月号限りでの休刊を宣言しているがその際に、
世界的なフォトジャーナリズムのコンテストとなった「DAYS国際フォトジャーナリズム大賞」については、非営利の「一般財団法人日本フォトジャーナリズム協会」を設立し、1年間の休止期間の後、ボランティアの方々の手で2019年秋の募集開始から再開したいと考えています。
と述べている。これを見るだけでも、著者の田村氏が言うように、広河氏は「日本フォトジャーナリズム協会」を「DAYS JAPAN」誌休刊後の「活動の足場」にしようとしていたことがわかる。広河氏の長年にわたる人権侵害が明るみになるのは、この休刊宣言から一ヶ月後のことだった(『週刊文春』2019年1月3・10日号は前年12月26日発売だった)。

田村氏の今回の記事によると、その半年後、2019年6月に広河氏はこの協会の役員を「写真界の重鎮や、広河氏との交流のあった社会的影響力のある人々など」8人に総入れ替えしている。広河氏から代表理事になるように頼まれ引き受けた内堀毅氏は、田村氏の取材に対し、広河氏の問題は知っていつつも「それとは切り離してやっていければいい」と語ったという。理事の一人である田沼武能氏も、この団体はいま「広河さんとは一切関係ありません」と言ったという。

しかし記事は、新役員が「広河人脈」であることに加え、「日本フォトジャーナリズム協会」の基本財産500万円のうち半分は広河氏が拠出しており、同協会の「目的」も設立時と全く変わっていないことに言及、さらにこの協会は株式会社デイズジャパンが設置した検証委員会による検証に対しても協力を拒否し、広河氏自身もこの協会の新役員が誰なのかを検証委に伝えなかったと指摘する。最後に、広河氏の性暴力を受けた一人の女性の次のような言葉を引用して記事は終わっている。
「被害に遭った女性たちは誰一人、広河氏側から何の救済も補償もされていません。広河氏が資金を投じて設立した団体なのに、『被害者の声は関係ない、自分たちは大事な活動をしている』というのであれば、ジャーナリズムという大義を振りかざして女性たちを黙らせてきた広河氏と何ら変わりません。被害の実態を無視しないでください。」
 (文春オンライン記事全文はここを参照してください。)

4月28日に出たこの記事を受け、5月1日に、「ワセダクロニクル」編集長の渡辺周氏がウェブサイトで、「ワセダクロニクル」の編集幹事を務めていた木村英昭氏が「日本フォトジャーナリズム協会」の理事を務めていたということに対して謝罪し、5月1日付で、木村氏が「ワセダクロニクル編集幹事および特定非営利活動法人ワセダクロニクルの理事を辞任」し、「ワセダクロニクルのメンバーから退会」したことを報告した。渡辺氏は、「元々は広河氏が作った団体で活動することは性暴力の被害に遭った方々の気持ちをふみにじるものです。ワセダクロニクルの理念とはあいいれません」と述べている。

さて、当の「日本フォトジャーナリズム協会」はどうかといえば、それまでウェブサイトも持たず、SNSでの存在もなく、何をやっているかも一般にわかる存在ではなかったのに、文春オンライン記事の発表後に突然フェースブックのページを作り、その最初の投稿として、4月30日付けで、田村氏に抗議し謝罪を求め文春オンラインにも文書での回答を求める、代理人の弁護士による「通告書(謝罪要求書)」を公開した。

この通告書は、1-4の項目に分かれているが、到底説得力があるとはいえるものではなく、おまけに、広河氏の性暴力の事実や被害者の存在に疑いを投げかけるかの如くの表現を使っている。以下、この項目に呼応する形でコメントしたいと思う。(原文は、ここを見てください。

項目1では、この記事で日本フォトジャーナリズム協会を広河氏の「思いが込められた団体」と言っていることから、協会の「活動継続が広河氏のための活動であるかのようにこじつけ」、これが事実に基づかないとしている。しかしこの記事では、協会が「広河氏のための活動」をしているなどとは言っていない。言ってもいないことを勝手に想像し、それが「事実に基づかない」とケチをつけるのはおかしいのではないだろうか。この場合「事実に基づかない」のはご自分たちの勝手な想像であって、田村氏の書いていることではない。

また、広河氏の「思いが込められた」という表現についてだが、この協会は広河氏が設立し、広河氏が半分出資し、設立目的も変わっておらず、役員が変わったと言っても広河人脈で構成されている。それに加え、この協会として、一度も公に広河氏の性暴力やパワハラを糾弾し、広河氏との決別を宣言するようなこともなかった。そのような団体が、広河氏の「思いが込められた」と呼ばれるのは当然ではないのか。

また協会は、田村氏の記事にある、協会が「被害者の傷口に塩を塗ってまで継続させていくことに、どれほどの価値があるというのか」と問うている部分の、「被害者の傷口に塩を塗る」という表現についても「誹謗」であると言っているが、実際田村氏は被害者の一人から、協会が「被害者の声を全く顧み」ていないと感じている言葉を取っているのである。「被害者の傷口に塩を塗る」と書かれたことを協会が「誹謗」と断定するやり方は、協会がまさしく被害者の声を顧みていないことを証明してしまったことになる。

項目2では、この記事が、代表理事の内堀毅氏の参加を、「同団体を『DAYS JAPANを休刊した後の活動拠点にする意思』という広河氏の思惑への賛同であるかのように描き出している」と言って怒っている。まず、この記事はそうは言っていない。しかし、内堀氏に「広河氏の思惑への賛同」の意思がなかったとしても、この団体は、先述のように「DAYS国際フォトジャーナリズム大賞」を引き継ぐと広河氏が宣言している。この記事で取材された内堀氏も、「DAYSの国際大賞は大変なので別のものになるかもしれませんが、いずれフォトジャーナリズムの賞をやり、セミナーも開きたいと思っています」と語っている。

繰り返すが、この協会が、公的に広河氏の性暴力とパワハラを糾弾し、広河氏との決別を宣言し、被害者に寄り添った姿勢を見せ、被害者を支援し、フォトジャーナリズムの世界からセクハラやパワハラをなくすような活動を行ってきたというのなら、「広河氏と一緒にしないでくれ」という主張をする資格もあるのかもしれないが、この団体はそのようなことを一切やっていない。やっていないどころか、上に示したようにこの「通告書」でも被害者の声を顧みないような様子があるし、「通告書」の3項目でその真逆ともいえる記述をしている。まさしく「被害者の傷口に塩を塗る」としか思えない表現である。
「念のために改めていえば、報道されている広河氏のセクハラ事件なるものについて、同団体の役員でこれを肯定する者など誰一人いない。」

「セクハラ事件なるもの」???セクハラ事件をどうしてそのまま「セクハラ事件」と言えないのか。「なるもの」という表現を敢えて付け足すことによって、「人によってはセクハラ事件と呼んでいるもの」と言っているように聞こえる。「これを肯定する者など誰一人いない」などと自慢げに言っているが、それでは協会の役員たちは、性暴力を犯し、それに向き合わない広河氏に対してこれまで同業者としてどれだけ真剣に怒りを表明してきたのか。私たちには全く見えてこない。

広河氏の性暴力・セクハラ・パワハラが多数あったことは検証委員会で事実認定がされている。しかし4月28日の文春オンライン記事を読むと、内堀氏はどうやらこの検証委さえ疑っていたらしい。記事によると、検証委の聞き取りを拒否したことについて聞かれて「検証委の調査は偏っていて中立ではないと感じた」と述べているという。

この「通告書」の第3項目で協会はさらに、

「複数いるとされる被害者女性のうち」

と言っている。「複数いるとされる」???どうしてここでまた、「される」という、しっかりわかっていないかのような表現を使うのか。

これらを見ると、日本フォトジャーナリズム協会は、広河氏の性暴力、セクハラの事実や被害者の訴えを軽視しているのではないかと思うのである。

項目4については、文春記事に、広河氏や株式会社デイズジャパンから被害者への損害賠償が行われていないという記述があることから、協会は、田村氏がこの記事を書いたのは、日本フォトジャーナリズム協会の資産を目当てにしているのではないかとの憶測をしている。その上で、「仮に田村氏がこの資産に注目して、賠償金回収の可能性があると被害女性に示唆したのであれば、」とか、全く根拠のない仮定をしており、それが「本記事作成の狙い」ではないかと疑っているのだ。これこそ「いちゃもん」「妄想」の類ではないか。

このように協会はこの「通告書」を通じて、田村氏が記事で言ってもいないことを勝手に想像し、その上でその想像が「事実と違う」と主張して田村氏自身が事実と異なることを書いているかのような印象操作をしている。

しかし何よりも怒りを覚えるのは、「・・・なるもの」「・・・とされる」というような、広河氏の性暴力の事実自体に疑いを投げかけるような表現だ。第3項目のタイトルにさえ、「『傷口に塩を塗る』なるもの」という、「なるもの」表現を使っている。

「広河隆一氏とデイズジャパン経営陣の人権侵害を忘れない会」メンバーの乗松聡子は、協会のフェースブックにあるこの「通告書」(4月30日付)を読んで、コメントを残した(5月4日)。その時点で、私より前にある人が「意味不明」という否定的なコメントを残していたので、それに続ける形で、こう書いた。


そうしたら、このコメントはすぐに協会によって非公開設定にされてしまった。一番最初の「意味不明」というコメントも非公開になっていた。その後も次々と鋭い批判コメントが入ったので乗松はそれに「いいね」しようと思ったらもうそれができず、それ以上のコメントをしようとしても受け付けられなくなった。そう、協会は乗松を「ブロック」したのだ。「ジャーナリズム」を標ぼうする公的団体が、公開投稿に対してきた批判的なコメントをかたっぱしから非公開にし、批判者をブロックしているのだ。

もう一つ、非公開(あるいはブロック)にされてしまった Onyo Nyao さんのコメントを、許可をもらってここに公開している。大変的確な批判だと思うので見てほしい。

その後、ブロックに対する批判が高まったせいかどうかはわからないが、現在、協会の「通告書」投稿には、乗松からは、4人の女性からのコメントが見える(非公開設定にされたコメントは、フェースブックの友だち同士の場合は見られるようである。だから人によって見えるコメントが異なる)。この方々から許可をもらいここに転載する(4人のうち2人は、「広河隆一氏とデイズジャパン経営陣の人権侵害を忘れない会」のメンバーである)。
篠原幸代:3の部分、広河による性暴力事件が「事実でない」としか読めません。この様な発信は文字通り「被害者の傷口に塩を塗る」行為でありセカンドレイプ。問題だと思います😡
山口智美:私もこの文書はセカンドレイプに他ならないと思います。3の部分は最悪ですし、さらに4での「これが事実とすれば、被害者らには気の毒なことだと思う。」というところも、全くもって他人事としているように読めます。広河氏の問題は、フォトジャーナリズムという業界の問題でもあると思いますが、そうした視点は皆無どころか、さらにセカンドレイプを行うとは、ジャーナリズムを名乗る公的団体としてありえない態度及び振る舞いではないでしょうか。
斉藤正美:あれえ?この文書についていたコメントが見えなくなっていますが、どうしたのでしょうか。未だにコメント数だけは5つありますが、私が読めるのは、お一人分のみです。もしこの後私が何か書いても、他の人から見えなくなってしまうのかなと不安なものがあります。ジャーナリズム協会と名乗っておられるのですから、公明正大なスタンスでお願いしたいと思います。コメントの行方について、およびコメントへのスタンスを協会として表明していただきたくお願いします。
 横山知枝:自分達に都合の悪いコメントを片っ端から削除もしくは非公開にしている人達が目指すジャーナリズムって、なんなんですか?
5月30日時点では、「通告書」投稿にはコメント数が「10」とある。上の4人のコメントに加え、自分も含め把握している非公開またはブロックされてしまったコメントは3つあるので、10から4と3を引いて、あと3つは、非公開設定にされているコメントがあるということになる。またこの「通告書」は24回シェアされており(5月30日時点)、シェアする際のコメントも見えている限りは批判的なものばかりだ。

乗松の以下の5月7日のツイートには5月29日時点で305のリツイートがあり、553の「いいね」がついている。



「通告書」がセカンドレイプだという感じ方には、フェースブックで同様のコメントを残した人たちだけではなく、これだけたくさんの人たちが共感を寄せている。

日本フォトジャーナリズム協会の、文春記事の著者に対する言いがかりともいえる「通告書」は、それ自体が被害者へのセカンド・レイプであり、性暴力を認めず謝罪も賠償もしていない広河氏を事実上擁護しているとしか考えられない性質のものだ。協会の人々には、これらの批判を受け止め、広河氏の性暴力・セクハラ・パワハラの被害者の立場に立った発信をしてこその「ジャーナリズム」ではないでしょうか、と伝えたい。


(文責 乗松聡子)