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2022年2月13日日曜日

#MeToo運動を歪曲し、性暴力被害者を貶める ―― 『その名を暴け』の誤訳・改変と木村嘉代子氏の書評(その3)

 3) 木村嘉代子氏による『その名を暴け』書評の問題点


今回は、「セクハラ報道と検証を考える会」の記事の大半を書いてきたと自ら名乗った木村嘉代子氏が書いた本書の書評「性犯罪を『正しく』暴く」 ジャーナリズムの神髄」(『週刊金曜日』(2021年1月29日号、 p. 55)について見ていきたい。なお「セクハラ報道と検証を考える会」とは、ブログ等で広河隆一氏の性暴力事件の被害者やその報道に疑問を呈し、検証報告書を批判し続けることによって、加害者である広河隆一氏を事実上擁護している団体だ。


こうした活動を積極的に行っている木村氏が書評で書いたことは、ニューヨーク・タイムズの性暴力報道を称賛する一方、ジャーナリストの著者たちが#MeToo運動に疑問を投げかけているかのような内容だった。

著者はまた、この報道を機に、『世界中の女性が、自分の体験を話し始め』たが社会には大きな変化が起きたのだろうかと、#MeToo運動の目的、説明責任のあり方などに答えのない疑問を投げかける。(木村嘉代子「性犯罪を『正しく暴く』ジャーナリズムの神髄」『週刊金曜日』2021年1月29日号、p.55)

書評の#MeToo運動に関する部分に注目したい。「社会には大きな変化が起きたのだろうかと、#MeToo運動の目的、説明責任のあり方などに答えのない疑問を投げかける」という箇所は、#MeToo運動の目的、説明責任のあり方などがまずかったために、社会に大きな変化が起きなかった、と著者らが考えていると思ってしまいかねない。「#MeToo運動の目的」という箇所は、すでに拙稿の第一回(その1)で取り上げた「この(#MeToo)運動の目的」という箇所(「はじめに」『その名を暴け』 p.9)をピックアップしたものと思われる。ここは、翻訳者による誤訳や改変の結果、#MeToo運動が無実の男性に罪を着せたと著者が述べているかのような内容になっていた箇所で、#MeToo運動への疑問らしき含意は、原著には全くなかったことはすでに述べたところである。

古屋氏の誤訳により#MeToo運動に批判的だと読めるように歪曲された内容だったからこそ木村氏がフェミニズム運動を批判するのにうってつけと飛びついたのであろう。なお、木村氏の書評はほぼ「はじめに」だけに言及したものである。そして「#MeToo運動の目的」に該当する箇所は、「はじめに」では上記以外には見当たらなかったことを申し添えておきたい。

次に、「社会には大きな変化が起きたのだろうかと・・・答えのない疑問を投げかける。」について見ていこう。

原著の「はじめに」で「社会の変化」という箇所を確認すると、social change が2箇所 、changeが3箇所あった。その一つである「どうすればこれほどまで世間を揺るがす社会的変化が起きることになったのか? この本を書こうと思ったのはそうした疑問に答えるためだった」という箇所について、見てみよう。


閉塞感のあるこの世界で、どうすればこれほどまで世間を揺るがす社会的変化が起きることになったのか? 

この本を書こうと思ったのはそうした疑問に答えるためだった。(『その名を暴け』 pp.6-7)


In a world in which so much feels stuck, how does this sort of seismic social change occur? We embarked on this book to answer those questions. (She Said , p.2)

著者らが、女性たちが性暴力を証言したことによって「社会には大きな変化が起きた」と考え、「大きな変化が起きたのはどうしてか」という疑問から本書を執筆した、というパラグラフの一部だ。つまり、木村氏は、著者らが「大きな変化」が起きたのか疑問視している、と著者らが言明していないこと、むしろ著者らが言っていることと逆のことを書評で言わんとしているということだ。また、木村氏が用いている「説明責任」という用語については、「男性が」「前例のない説明責任を果たすことになった」(p.6)と加害男性の説明責任に関する文章はあったが、#MeToo運動の「説明責任のあり方」という文章は、「はじめに」のどこにも見つけることができなかった。

木村氏が#Me Too運動について引用している箇所は、翻訳者の古屋氏が原文の意味を取り違えたりして、フェミニズム運動に否定的だったり、フェミニズム運動を貶めるような箇所とおおよそ合致した。つまり、木村氏は、翻訳者の古屋氏が日本語版の翻訳において#Me Too運動に厳しく、フェミニズム運動を貶めるように改変した箇所に、木村氏自身の#MeToo運動に関する否定的な見方を投影させ、さらには、「説明責任」に至っては別の文脈で使われていた用語を悪用して、また「社会の変化」については、邦訳で書かれていることと真逆の内容を入れるなど事実をねじ曲げてまで、フェミニズム運動の評価を貶めていたということになる。

木村氏の書評は、古屋氏の誤訳と相まって、本書があたかも#MeToo運動に懐疑的であるかのように読めるものとなっている。ちなみに木村氏は考える会の記事やツイートで、日本のセクハラ報道を「センセーショナルに報じる」「事実をねじ曲げた」などと非難しているが、”She Said ”を『その名を暴け』に変えてしまったことにコメントもせず、また『その名を暴け』での事実のねじ曲げともいえる翻訳の改変箇所には、目をつぶっている。木村氏は、英語の翻訳家養成講座を修了したとプロフィールに書いているのであるから、翻訳のおかしな点を原著に当たって確認をとれるはずだが、それもしていないようだ。さらには、自らも自説に都合よく、邦訳をねじ曲げた書評まで書いたようだ。これでは、木村氏や「セクハラ報道と検証を考える会」の主張は、ご都合主義以外の何ものでもなく、もはや信用に値しないのではないだろうか。


本ブログでこれまで度々、広河隆一氏の事例で問題にしているように、性暴力被害を訴えるとたちまち加害者に寄り添った反論や、あたかもマスコミにタレコミをしてお金を受け取っていたかのような被害者バッシングが湧き上がってくるという実態がある。実名と顔を出して権力者の性暴力を訴えた伊藤詩織氏への2次加害の激しさは言うまでもない。

こうした被害者バッシングが、性暴力への告発をテーマとする書籍の出版に際しても例外ではないということが、今回、見て取れた。性暴力被害者の声にフォーカスした良書が『その名を暴け』というセンセーショナルなタイトルになり、性暴力被害者を貶めたり、被害者側に立つフェミニズム運動を軽視し、否定的な内容へと改変された部分を含む翻訳書として出版された。本書が本来示していたはずのフェミニズム運動へのリスペクトや、女性たちの連帯というメッセージが弱まることになったように思われるのは遺憾である。こうした事実については、今後そのようなことが起きないようにするためにも、せめて記録として残しておきたいと思う。

翻訳者の古屋美登里氏が翻訳を通して行ったこと、そして木村嘉代子氏が書評でしたことは、相手との大きな権力差や法律の壁に阻まれる中、身を削る思いでやっと声をあげた性暴力被害女性への冒涜に思われてならない。

2022年2月9日水曜日

#MeToo運動を歪曲し、性暴力被害者を貶める ―― 『その名を暴け』の誤訳・改変と木村嘉代子氏の書評(その2)

2)性暴力、性犯罪の被害者を貶める邦訳への改変 

次に、『その名を暴け』日本語版で、誤訳によって、性暴力を告発した被害女性を貶めていると思われる箇所を挙げよう。

なお、ここに出てくるフォード博士とは、ワインスタイン報道から約1年後、当時トランプ大統領から最高裁判事に指名されていたブレット・カバノーから高校時代に性的暴行を受けたことがあると、米国上院の司法委員会公聴会で証言したカリフォルニアの大学の心理学教授クリスティン・ブレイジー・フォード博士のことである。


 フォード博士を#MeToo運動の最高のヒーローだと見なす人がいたが、その他の人々は、彼女をペテン師――増える一方のバックラッシュに対する弁護者――と見なした〔バックラッシュとは、ある動きが高まりを見せる時に生じる反撥(はんぱつ)、揺り戻し、バッシングのこと〕。(『その名を暴け』p.10)

Some saw Ford as ultimate hero of the #MeToo movement. Others saw her as a symbol of overreach –-a living justification for the mounting backlash. (She Said ,p.4).


フォード博士が悪意をもって証言したかのように受けとられる「ペテン師」と訳しているのは問題がある。「ペテン師」とは、「巧みに人をだまして利益を得ることを常習とする者。いかさま師。詐欺師。」(精選版日本語国語大辞典)である。原著の意味は、「フォード博士を#Me Too運動の究極のヒーローと見る人もいたし、逆に彼女のことを行き過ぎの象徴――増える一方のバックラッシュを正当化できてしまうような生きた例――と見る人もいた。」くらいの意味ではないかと思われる。

しかも、フォードが公聴会での証言に至る顛末を描いた同書9章「DCに行くという約束はできない」では、同じ「ペテン」という語がトランプ大統領がフォードの告発を「民主党の『ペテン』の一部だ」という非難する語彙として使われたものでもある(She Said, p.231;『その名を暴け』p.358)。9章の原文は” con job”で、「はじめに」の ”a symbol of overreach”とは異なっている。それをよりによって、証言台に立った彼女に翻訳で「ペテン師」という言葉をチョイスするのは、内容的に適切ではないだけでなく、やっとのことで30年以上も前の被害を公の場で供述した被害者に対して、あまりにも理不尽な表現ではないか。フォード博士がもし、日本で自分のことが「ペテン師」だと訳されていることを知ったとしたら、、、と想像するだけでも、やりきれない思いがする。

邦訳では、証言台に立ったフォード博士を表す表現として、「バックラッシュに対する弁護者」も使われている。これも、バックラッシュを支持したり、バックラッシャーかと誤解する人も出てきかねない、とんでもない誤訳である。日本語版を読む人は、こうした展開を見れば、著者らはフォード博士の味方ではないと受け取りかねない。しかも、Some ・・・・, Others ・・・・ というフレーズは、・・・という人もいるし、・・・という人もいるというところだが、あたかも「その他の人々は」と、「ペテン師」や「バックラッシュの弁護者」だとみなす人が多くいたかのように訳している点も、より被害女性を貶めているように見えるのではないだろうか。


古屋氏は、「ある分野に特化した専門性の強い翻訳者ではなく、広い範囲でフットワーク軽く、時代を切り取るような翻訳」をしてきたと述べているように、幅広い分野をこなす翻訳家だ。ただ、本書がテーマにしている性暴力やジャーナリズムに関する箇所での誤訳となると、原著の主旨が誤解されかねないことが、懸念される。例えば、性暴力をなくす方向性について誤訳が見られる。”In this fractured environment, will all of us be able to forge a new set of mutually fair rules and protections?” が、「このばらばらになった状況で、男女双方にとって公平な規則と保護という新しい組み合わせを作り出すことができるのだろうか。」(She Said, p.5; 『その名を暴け』p.11)と訳されている。

ここでの“a new set of mutually fair rules and protections”は、さまざまな立場、権力関係など重層的な関係においての公平な規則と保護を想定していると思われるが、邦訳では、原文にない「男女」を訳者が挿入している。これでは、性別二元論に基づき、同性間の性暴力を排除してしまうことになり、#Me Too運動や性暴力と闘う運動がめざす方向や射程が誤解されかねない。

被害女性の語りを評価する箇所でも、意味の取り違えによる誤訳が見られる。“We saw her as the protagonist of one of the most complex and revealing “she said” stories yet, especially once we began to learn how much about her path to that Senate testimony was not publicly understood.”の邦訳で、「わたしたちはフォード博士を、『彼女が語った』話のなかでも、もっとも複雑で人柄がにじみ出る話の主人公だと見ていた。・・・」と、”revealing”を「人柄がにじみ出る」と訳している( She Said, p.4; 『その名を暴け』p.10)。しかし、フォード博士については、9章に描かれているように、公聴会で証言するまでの道のりはかなり複雑なものであり、だからこそ、今後に示唆を与える要素が大きいという意味で「最も複雑で意義深い語りの一つ」と訳すのが相当だと思われる。文脈からして、フォード博士の「人柄」といった個人の属性が評価される箇所ではないはずだ。

ジャーナリズムに関しても同様に誤訳がある。” Our Weinstein reporting took place at a time of accusations of ‘fake news,’ as the very notion of a national consensus on truth seemed to be fracturing.”の訳文が 「『ニューヨーク・タイムズ』がワインスタインについて報道したのは、『フェイク・ニュース』が非難され、『真実に対する国家の合意』という概念そのものが崩壊しているように思える時期だった」となっている(She Said, p.3; 『その名を暴け』p.8)。しかし、“national consensus on truth” を「真実に対する国家の合意」と訳出するのは誤訳であろう。「フェイクニュース」か「真実」か、を決めるのは、「国家」ではなく、「人々」のはずだから、適合的な訳は、「真実についての全米の人々の合意」あたりだと思われる。


以上述べてきたように、この本の翻訳には、フェミニズム運動や被害女性を貶める改変の他、性暴力をめぐる状況に関して、誤訳や意味の取り違えが散見される。古屋氏は、担当編集者(島崎恵氏)と協力して膨大な資料を確認し、法学部出身者ネットワークも駆使して翻訳したと語っている。それにもかかわらず、これだけミスが多いのはどうしてなのだろうか。

こうした翻訳による改変は、原著の意図や意義をも毀損しかねないと思われる。訳者の古屋美登里氏は多数の翻訳書を刊行するベテランの翻訳家のようだが、性暴力というフェミニズムに密接に関わる書籍の翻訳出版に際し、出版社サイドがフェミニズムに詳しい翻訳者を探す必要を感じていなかったとしたら、出版社サイドにも、フェミニズムの専門性への軽視があったと言わざるを得ない。(次回に続く。)


2022年2月8日火曜日

#MeToo運動を歪曲し、性暴力被害者を貶める ――『その名を暴け』の誤訳・改変と木村嘉代子氏の書評 (その1)

ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー著『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』(古屋美登里訳、新潮社、2020年)は、著名な映画プロデューサーであったハーヴェイ・ワインスタインのセクシュアルハラスメントや性暴力に関する被害女性たちによる証言をニューヨーク・タイムズの女性記者二人がまとめたノンフィクションだ。

同書のポイントは、著者らが#MeToo運動やフェミニズム運動に親和的な立場から、被害女性らが性暴力を告発し、報道につながる経緯及びその後の社会の変化をも丁寧に記し、性暴力と闘うためにはどうしたらいいかを読者に考えさせていることだ。さらに、告発する女性を支えるさまざまな女性たちの連帯にスポットを当てている点も特筆に値する。住む場所も職業も全く異なり、これまで会ったこともなかった被害女性たちがカリフォルニアにある女優のプライベートな住居に集まる終章は、女性たちの連帯が実感でき、感動的ですらあった。

同書は、性暴力に切り込んだ優れたルポルタージュとして書評でも評価され、よく読まれているようである。同書の翻訳を担当した古屋美登里氏は、嫌がらせのない世の中になるよう、女性たちのために翻訳を決意したと語っている。このように同書の日本語版は、主に、性差別を明るみに出すジャーナリズムや性暴力の問題という点から読まれているようであるが、本来、同書はもっと幅広い視点から読まれるべき価値をもった書である。

同書が本来もっていたはずの価値が、日本語版では、古屋美登里氏による翻訳の際、同氏の解釈により狭められ、歪曲されているのだ。日本語版が持つ深刻な問題は以下の2点である。

1)原著は#MeToo運動やフェミニズム運動に親和的であり、敬意も払っている。だが翻訳により、フェミニズム運動を軽視し、著者らもフェミニズムに否定的であるかのような内容に改変された箇所がある。

2)翻訳により、性暴力、性犯罪の被害者を貶めるような内容に改変されている。

本稿では、<その1>で、フェミニズム運動を軽視し著者らのスタンスを歪曲している点について、<その2>で、性暴力被害者を貶めている点について、と日本語版が持つ二つの深刻な問題を2回に分けて指摘していきたい。そして、<その3>で、本ブログで度々取り上げている「セクハラ報道と検証を考える会」の木村嘉代子氏による同書書評「性犯罪を『正しく』暴く」 ジャーナリズムの神髄」(『週刊金曜日』(2021年1月29日号)の問題点を示す。

なお「セクハラ報道と検証を考える会」は、広河隆一氏の性暴力事件の被害者を疑い、その報道及び、検証報告書を批判し続けることによって加害者である広河隆一氏の事実上の擁護者となっている団体だ。また木村氏は、同会のブログ記事の大半を書いてきたと自ら暴露した人物である。

そもそも本書に注目したのは、木村嘉代子氏が同会のブログで度々本書を引用しつつ、自説を展開してきたこと、そして本書の書評を週刊誌に書いていたことが発端であった。

1) フェミニズム運動に対して否定的な邦訳への改変 

 まず、タイトルについて見ていくと、原著は、She Said:Breaking the Sexual Harassment Story That Helped Ignite a Movement と性暴力の被害に遭った女性たちが沈黙を破り語ったことを報道し、その後の#MeToo運動の広がりに大きく寄与したことをそのままタイトルにしたものだ。だが、日本語版は『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い』と、ジャーナリストたちが加害者の名前を明るみに出すために闘ったという扇情的なタイトルに置き換えられている。日本語タイトルでは、原題にあった「運動(Movement)」という単語が消え、「#MeToo」になっている。これが問題なのは、日本語版の「#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い」では、著者らジャーナリストたちだけが主役として加害者と闘ったかのようなストーリーに変わっており、一人ひとりの女性の性暴力被害が語られ(She Said)、それを報道することによって、セクシュアル・ハラスメントの問題が浮き上がり、集合的な運動(Movement)へとつながっていったという、原題で浮き彫りにされている女性たちの連帯への動きが見えなくなってしまうからだ。

日本語版の翻訳内容にも原著から改変された箇所が散見される。日本語版の「はじめに」は、新潮社サイト、並びに文春オンラインで公開されているので、公開部分と原著とを照らし合わせて問題点を指摘していきたい。まず、原文で明記されていた「フェミニズム運動への敬意と連帯」が、日本語訳による誤訳及び改変により、薄められ、かつ著者らをフェミニズム運動と切り離し、フェミニズムに批判的であるかのように表現された箇所を見ていこう。

ジャーナリズムは、確かにこれまでもパラダイム・シフトを起こす役割を担ってきた。とはいえわたしたちの仕事は、変化の有様(ありさま)を伝えるだけのことで、その変化自体を長年にわたって作り上げてきたのは、先駆的なフェミニストや法律学者たちだった。アニタ・ヒル〔一九九一年、米上院司法委員会で、最高裁判事候補になっていたクラレンス・トーマスからかつて受けた性的嫌がらせについて証言した女性〕や市民活動家で#MeToo運動の創始者タラナ・バーク、さらには同業のジャーナリストたちなど、大勢の人々のおかげなのである。(『その名を暴け』p.6)

Journalism had helped inspire a paradigm shift. Our work was only one driver of that change, which had been building for years, thanks to the efforts of pioneering feminists and legal scholars; Anita Hill; Tarana Burke, the activist who founded the #Me Too movement; and many others, including our fellow journalists. (Kantor, Jodi; Twohey, Megan. She Said (pp.2-3). Penguin Publishing Group. Kindle 版. ) 

 フェミニズムとのつながりを示している箇所が誤訳されている。“Our work was only one driver of that change, which had been building for years”の邦訳「わたしたちの仕事は、変化の有様(ありさま)を伝えるだけ」 は、正確な訳ではない。著者は、ジャーナリストたちも変化の推進力の一翼である、とジャーナリストを社会変革を起こす力の内部に位置づけているのだ。しかも、アニタ・ヒル、タラナ・バークというパイオニアとして性暴力と闘ったブラック・フェミニストたちの名を挙げ、社会変革は彼女ら先達が作り上げてきたものだとも述べ、フェミニズム運動の歴史に尊敬の念を示している。この点も原著では特筆される点だ。そして最後にもう一度、同僚のジャーナリストたちに言及している。こうした原文は、著者らジャーナリストたちがフェミニストたちの闘いに連なることを示したものだと言えよう。だが、原文ではアニタ・ヒルとタラナ・バークの名前を挙げ、あくまでその後に "many others" が来ているのに対し、邦訳だと「大勢の人たちのおかげなのである」という文末が目立つことになっている。邦訳では、ヒルとバークらフェミニストの貢献が薄められ、またジャーナリストがフェミニストの動きとともにあるという含意が読み取れなくなっている。

古屋氏は、「ジョディとミーガンの視点に立って、2人の感じた世界をそのまま翻訳しているつもり」、「「口寄せ」のような感覚」で翻訳に臨んだと語っている。しかし古屋氏による実際の翻訳は、原著者がフェミニズム運動、特にブラック・フェミニストたちへの敬意と連帯を示している箇所が、誤訳により敬意が薄められるとともに、ジャーナリストをフェミニズム運動と切り離し、ジャーナリストたちもフェミニズム運動と連なっているという記述がなかったことにされている。日本語版が、原著著者らの依って立つ立場をフェミニズムとは無縁であるかのように改ざんしているのは、著者らの意図を大きく歪曲した誤訳と言えよう。

次に、誤訳によって、#MeToo運動を貶めている箇所を紹介する。

ワインスタイン報道が世に出てから数ヶ月も経たずに、#MeToo運動が爆発的な勢いで拡がり、デート・レイプから子どもへの性的虐待、男女差別、さらにはパーティでの出会いに至るまで、さまざまな問題が議論されるようになった。そのおかげで公共の場での会話は豊かになり真剣味を増したが、一方で混乱を招くことにもなった。つまり、この運動の目的は性的嫌がらせを根絶することなのか、刑事裁判システムを改革することなのか、家父長制を打ち砕くことなのか、それとも相手の感情を傷つけずに恋をすることなのか、と。その結果、裏付けのない証拠のせいで、あるいはそこまでいかなくとも、組織の変化が絶望的なまでに欠けているせいで、罪のない男性たちを傷つけることになってしまったのではないか。(『その名を暴け』 p.9)

In the months after we broke the Weinstein story, as the #MeToo movement exploded, so did new debates about topics ranging from date rape to child sexual abuse to gender discrimination and even to awkward encounters at parties. This made the public conversation feel rich and searching, but also confusing: Were the goals to eliminate sexual harassment, reform the criminal justice system, smash the patriarchy, or flirt without giving offense? Had the reckoning gone too far, with innocent men tarnished with less-than-convincing proof, or not far enough, with a frustrating lack of systemic change?(She Said , p.4)


このパラグラフ最後の原文の意味は、文脈からして「説得力のない証拠で無実の男性たちの名誉を毀損してしまう結果になってしまっているのか、逆に問題意識が足りないために、システム的な変革がイライラするほど遅い結果になってしまっているのか」となるはずだと思われる。だが日本語訳では、「その結果、裏付けのない証拠のせいで、あるいはそこまでいかなくとも、組織の変化が絶望的なまでに欠けているせいで、罪のない男性たちを傷つけることになってしまったのではないか。」とある。ワインスタイン報道、そして#MeToo運動が起きた結果、無実の男性たちが証拠もないのに、さらに組織の変化も起きないなど別の理由もあって傷つけられていると、邦訳では「罪のない男性」の「傷」が強調されるようになっているのは、構文の取り違えによる誤訳と思われる。

誤訳の結果として、#MeToo運動が冤罪を引き起こしかねない、行き過ぎた運動であるかのようなマイナスイメージを付与されることになっている。この誤訳のために、#MeToo運動が引き起こした悪しき影響が想起され、この運動を貶める方向に読まれる可能性が高いことが懸念される。(その2 に続く。)