フォード博士を#MeToo運動の最高のヒーローだと見なす人がいたが、その他の人々は、彼女をペテン師――増える一方のバックラッシュに対する弁護者――と見なした〔バックラッシュとは、ある動きが高まりを見せる時に生じる反撥(はんぱつ)、揺り戻し、バッシングのこと〕。(『その名を暴け』p.10)Some saw Ford as ultimate hero of the #MeToo movement. Others saw her as a symbol of overreach –-a living justification for the mounting backlash. (She Said ,p.4).
フォード博士が悪意をもって証言したかのように受けとられる「ペテン師」と訳しているのは問題がある。「ペテン師」とは、「巧みに人をだまして利益を得ることを常習とする者。いかさま師。詐欺師。」(精選版日本語国語大辞典)である。原著の意味は、「フォード博士を#Me Too運動の究極のヒーローと見る人もいたし、逆に彼女のことを行き過ぎの象徴――増える一方のバックラッシュを正当化できてしまうような生きた例――と見る人もいた。」くらいの意味ではないかと思われる。
しかも、フォードが公聴会での証言に至る顛末を描いた同書9章「DCに行くという約束はできない」では、同じ「ペテン」という語がトランプ大統領がフォードの告発を「民主党の『ペテン』の一部だ」という非難する語彙として使われたものでもある(She Said, p.231;『その名を暴け』p.358)。9章の原文は” con job”で、「はじめに」の ”a symbol of overreach”とは異なっている。それをよりによって、証言台に立った彼女に翻訳で「ペテン師」という言葉をチョイスするのは、内容的に適切ではないだけでなく、やっとのことで30年以上も前の被害を公の場で供述した被害者に対して、あまりにも理不尽な表現ではないか。フォード博士がもし、日本で自分のことが「ペテン師」だと訳されていることを知ったとしたら、、、と想像するだけでも、やりきれない思いがする。
邦訳では、証言台に立ったフォード博士を表す表現として、「バックラッシュに対する弁護者」も使われている。これも、バックラッシュを支持したり、バックラッシャーかと誤解する人も出てきかねない、とんでもない誤訳である。日本語版を読む人は、こうした展開を見れば、著者らはフォード博士の味方ではないと受け取りかねない。しかも、Some ・・・・, Others ・・・・ というフレーズは、・・・という人もいるし、・・・という人もいるというところだが、あたかも「その他の人々は」と、「ペテン師」や「バックラッシュの弁護者」だとみなす人が多くいたかのように訳している点も、より被害女性を貶めているように見えるのではないだろうか。
古屋氏は、「ある分野に特化した専門性の強い翻訳者ではなく、広い範囲でフットワーク軽く、時代を切り取るような翻訳」をしてきたと述べているように、幅広い分野をこなす翻訳家だ。ただ、本書がテーマにしている性暴力やジャーナリズムに関する箇所での誤訳となると、原著の主旨が誤解されかねないことが、懸念される。例えば、性暴力をなくす方向性について誤訳が見られる。”In this fractured environment, will all of us be able to forge a new set of mutually fair rules and protections?” が、「このばらばらになった状況で、男女双方にとって公平な規則と保護という新しい組み合わせを作り出すことができるのだろうか。」(She Said, p.5; 『その名を暴け』p.11)と訳されている。
ここでの“a new set of mutually fair rules and protections”は、さまざまな立場、権力関係など重層的な関係においての公平な規則と保護を想定していると思われるが、邦訳では、原文にない「男女」を訳者が挿入している。これでは、性別二元論に基づき、同性間の性暴力を排除してしまうことになり、#Me Too運動や性暴力と闘う運動がめざす方向や射程が誤解されかねない。
被害女性の語りを評価する箇所でも、意味の取り違えによる誤訳が見られる。“We saw her as the protagonist of one of the most complex and revealing “she said” stories yet, especially once we began to learn how much about her path to that Senate testimony was not publicly understood.”の邦訳で、「わたしたちはフォード博士を、『彼女が語った』話のなかでも、もっとも複雑で人柄がにじみ出る話の主人公だと見ていた。・・・」と、”revealing”を「人柄がにじみ出る」と訳している( She Said, p.4; 『その名を暴け』p.10)。しかし、フォード博士については、9章に描かれているように、公聴会で証言するまでの道のりはかなり複雑なものであり、だからこそ、今後に示唆を与える要素が大きいという意味で「最も複雑で意義深い語りの一つ」と訳すのが相当だと思われる。文脈からして、フォード博士の「人柄」といった個人の属性が評価される箇所ではないはずだ。
ジャーナリズムに関しても同様に誤訳がある。” Our Weinstein reporting took place at a time of accusations of ‘fake news,’ as the very notion of a national consensus on truth seemed to be fracturing.”の訳文が 「『ニューヨーク・タイムズ』がワインスタインについて報道したのは、『フェイク・ニュース』が非難され、『真実に対する国家の合意』という概念そのものが崩壊しているように思える時期だった」となっている(She Said, p.3; 『その名を暴け』p.8)。しかし、“national consensus on truth” を「真実に対する国家の合意」と訳出するのは誤訳であろう。「フェイクニュース」か「真実」か、を決めるのは、「国家」ではなく、「人々」のはずだから、適合的な訳は、「真実についての全米の人々の合意」あたりだと思われる。以上述べてきたように、この本の翻訳には、フェミニズム運動や被害女性を貶める改変の他、性暴力をめぐる状況に関して、誤訳や意味の取り違えが散見される。古屋氏は、担当編集者(島崎恵氏)と協力して膨大な資料を確認し、法学部出身者ネットワークも駆使して翻訳したと語っている。それにもかかわらず、これだけミスが多いのはどうしてなのだろうか。
こうした翻訳による改変は、原著の意図や意義をも毀損しかねないと思われる。訳者の古屋美登里氏は多数の翻訳書を刊行するベテランの翻訳家のようだが、性暴力というフェミニズムに密接に関わる書籍の翻訳出版に際し、出版社サイドがフェミニズムに詳しい翻訳者を探す必要を感じていなかったとしたら、出版社サイドにも、フェミニズムの専門性への軽視があったと言わざるを得ない。(次回に続く。)
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