前回の記事(「考える会」の性暴力報道のリテラシーとは(3))では、広河隆一氏の性暴力加害を擁護する「セクハラ報道と検証を考える会」が、ニューヨークタイムズ紙などの欧米メディアを文脈を無視して褒めちぎることで、『週刊文春』など日本のメディアに掲載された広河氏の性暴力の告発記事の信憑性を貶めようとしたことを指摘した。今回の記事でも「考える会」が英語媒体の翻訳情報を恣意的に使い、曲解をも交えながら紹介することで、広河氏の性暴力を擁護するために利用していることを明らかにしたい。
「考える会」のサイトには、英語媒体からの情報や、翻訳が多く掲載されている。自分たちが英語媒体にも通じており、最先端のジャーナリズム倫理に詳しいと言いたいかのようだ。そして、「考える会」は、英語媒体の情報を「権威」として扱うのみならず、それを広河氏を擁護し、『週刊文春』や「デイズジャパン検証委員会」を批判する目的で使っている。
だが、その肝心の英語の解釈に関して、間違いや誤解が目立つ。そもそも、「セクハラ報道と検証を考える会」というサイトの団体の英語名が"The Study of Covering Sexual Harassment in the Media"とされており変だ。「会」なのに英語が"The Study…"となっているのもおかしいし、”the”も何を指しているのか不明だ。さらに、”covering”とすることで、「報道」を指したつもりなのだろうが、むしろ「隠蔽する」の方かとも思えてしまう。「メディアにおけるセクハラを隠蔽する研究」とでも言ったところか。「考える会」の実際の目的は、本サイトが今まで掲載してきた記事からも明らかなように、広河氏による性暴力やセクハラを隠蔽することにあるので、間違っているわけではないのかもしれない。
「考える会」が2020年2月11日付で出した「性暴力報道のための取材準備から記事執筆までのヒント」 (魚拓)(「考える会」サイト移転に伴い、同記事タイトルが「性暴力報道のためのガイダンス(Reporting on Sexual Violence):ダートセンター」に変更)という記事がある。米コロンビア大学ジャーナリズム大学院のプロジェクトであるダートセンターが出している文書を翻訳したものだという。「考える会」によれば、ダートセンターは「ジャーナリストの取材活動をサポートする国際的な組織で、暴力や紛争、被害に関する革命的で倫理的なニュースの告知に専念しています。」という組織だという。
「考える会」のサイトには、英語媒体からの情報や、翻訳が多く掲載されている。自分たちが英語媒体にも通じており、最先端のジャーナリズム倫理に詳しいと言いたいかのようだ。そして、「考える会」は、英語媒体の情報を「権威」として扱うのみならず、それを広河氏を擁護し、『週刊文春』や「デイズジャパン検証委員会」を批判する目的で使っている。
だが、その肝心の英語の解釈に関して、間違いや誤解が目立つ。そもそも、「セクハラ報道と検証を考える会」というサイトの団体の英語名が"The Study of Covering Sexual Harassment in the Media"とされており変だ。「会」なのに英語が"The Study…"となっているのもおかしいし、”the”も何を指しているのか不明だ。さらに、”covering”とすることで、「報道」を指したつもりなのだろうが、むしろ「隠蔽する」の方かとも思えてしまう。「メディアにおけるセクハラを隠蔽する研究」とでも言ったところか。「考える会」の実際の目的は、本サイトが今まで掲載してきた記事からも明らかなように、広河氏による性暴力やセクハラを隠蔽することにあるので、間違っているわけではないのかもしれない。
「考える会」が2020年2月11日付で出した「性暴力報道のための取材準備から記事執筆までのヒント」 (魚拓)(「考える会」サイト移転に伴い、同記事タイトルが「性暴力報道のためのガイダンス(Reporting on Sexual Violence):ダートセンター」に変更)という記事がある。米コロンビア大学ジャーナリズム大学院のプロジェクトであるダートセンターが出している文書を翻訳したものだという。「考える会」によれば、ダートセンターは「ジャーナリストの取材活動をサポートする国際的な組織で、暴力や紛争、被害に関する革命的で倫理的なニュースの告知に専念しています。」という組織だという。
この記事が出た時、あまりに誤訳が多いことから、当会のメンバーがそれを指摘するツイートをいくつか行った。例えば以下だ。https://twitter.com/msmsaito/status/1229274684086050816
https://twitter.com/yamtom/status/1229461413443198976
https://twitter.com/nogawam/status/1229287057291268096
https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1229458258269626378
また、当会メンバーはダートセンターにも、同センターのメールフォームを使ってメールを送っている。誤訳問題に加えて、「考える会」が加害者である広河氏擁護の目的を打ち出したサイトであることも書き加えたのだが、ダートセンターからの返答はなかった。
今回、この記事を書くにあたり、「考える会」の当該記事を久々に見てみたところ、私たちが指摘した箇所のいくつかが訂正されていることに気がついた。例えば「public policy」が「社会秩序」と誤訳されていた箇所は、「公共政策」に直っていた。ツイートで誤訳を指摘されたのを見て密かに直したのか、あるいはダートセンターから「考える会」に問い合わせがあり訂正という流れになったのかはわからない。
いずれにせよ、誤訳よりも根本的な問題である、ダートセンターの出した文書の「考える会」による翻訳が、加害者擁護の目的のために使われているということについて、ダートセンターが何もせず、そのまま翻訳許可を与えているのは大きな問題である。同センターの活動そのものにも疑念が湧くレベルだ。コロンビア大学のジャーナリズムスクールなら、日本語ができる人が「考える会」のサイトを読み、同会の目的を確認するなどいくらでも可能だろう。それをせず、放置しているダートセンターの責任も問われるところだ。
私たちが表立って指摘した「考える会」によるいくつかの誤訳はいつの間にか訂正されていたのだが、再び記事を読んでみたら、まだ誤訳は残っていた。どうせ直すなら、文章全体をしっかり確認しなおせばいいのに、それを怠ったのか、それとも根本的にわかっていないために、チェックし直してもなお誤訳だと気づかなかったのだろうか。
以下、いくつか「考える会」の誤訳の事例を挙げてみよう。
1)
サバイバーがどう感じているかわかると言ってはいけません―それはわからないのです。代わりに、こう言うことができます。「これがあなたにとってどんなに苦しいことかわかります」
日本語が「それはわからないのです。」と言いながら「わかります」となっているのは矛盾していて意味不明である。この翻訳文に対するオリジナルの英文は以下となる。
Never say you know how they feel – you don’t. Instead, you could say, “I appreciate how difficult this is for you”.
日本語だとknowもappreciateも「わかる」と辞書には書かれているが、ここでは「わかります」ではなく、「大変なのにありがとう」と言った感謝の気持ちを表す表現だろう。この英文の翻訳は、「サバイバーがどう感じているかがわかるとは決して言ってはいけません。あなたにはわからないからです。むしろ、『とても大変なことなのに話してくれてありがとう』ということはできます。」という感じである。この文章を翻訳する際に、「考える会」が「わかる」という言葉を使っているのは致命的だ。
2)
しかし、調査が終わっても、それを放置しないでください。この話題に関する知識は多ければ多いほどよく、特定の個人が自分たちに起きた出来事をどのように経験したかを予測することはできません。
オリジナルの英文は以下だ。
But once you have done your research, leave it at the door. It doesn’t matter how much knowledge you have on the topic, you can never predict how a particular individual experienced the events that happened to them.
「考える会」は”leave it at the door”を「それを放置しないでください」とし、さらに”It doesn’t matter how much knowledge you have on the topic”を「この話題に関する知識は多ければ多いほどいいですし」と訳している。しかしここは、「それ(調査で知ったこと)は置いておいてください。どんなにこの問題に関する知識があっても関係ありません」という意味だ。個人の経験はそれぞれ違い、その人が自身に起きたことについてどのように経験したかは、決して予測することはできないから、とダートセンターは書いているわけだが、「考える会」は全く逆に訳しており、完全な誤訳だ。
3)
紛争時における兵士のレイプは戦争犯罪です。それを不運と書き表しますが、戦争のありきたりな側面と表現するのは好ましくありません。
オリジナルの英文は以下だ。
During conflict, rape by combatants is a war crime. Describing it as an unfortunate but predictable aspect of war is not acceptable.
この文章は「紛争時における兵士のレイプは戦争犯罪です。それを不運な、戦争の予想できる側面であると記述するのは許されることではありません。」という意味だ。つまり、戦争犯罪を単なる「不運」と書き表すべきではない、とするダートセンターの文章について、「考える会」は「不運と書き表しますが」と訳してしまっている。 さらに、問題はそこだけではない。「考える会」は、2020年2月の時点では「不運な人としてそれを書き表しますが、戦争のありきたりな側面というのは是認できません」と翻訳していたことが、当会メンバーの能川元一のツイートからわかる。
Google 翻訳よりひどいところもあるな。「不運な人としてそれを書き表しますが、戦争のありきたりな側面というのは是認できません」という部分とか。https://t.co/s1KMKm1sHc
— 能川元一 (@nogawam) February 17, 2020
つまり「是認できません」だったものを、「好ましくありません」と一段とソフトな表現にしてしまっているのだ。能川がツイートで「ひどい」と書いたことが影響したのだろうか。しかし、能川は「是認できません」という表現を「ひどい」と言いたかったわけではない。そもそも原文では”not acceptable”というかなり強い表現を使って言い切っている。「考える会」の戦時性暴力への問題意識の欠落も垣間見える誤訳と言えるだろう。
3つの誤訳の例を挙げたが、性暴力報道のために気をつけるべきことを述べている記事なのに、英語の読解力の欠落とか、ケアレスミスとかいうことを超えて、根本的に原文の意味を変えてしまうレベルのミスである。性暴力報道という、通常の報道以上に細かな気を使わないといけない局面において、致命的なミスだと言えるだろう。このことからも、「考える会」が性暴力の問題に無頓着であり、被害者の人権など実は考えてもいないことが見えてくるのではないだろうか。
性暴力被害者の人権を守るために書かれたはずのダートセンターの文書が、「考える会」の翻訳及び広河氏擁護サイトへの掲載により、加害者擁護のための文書に化けてしまったのだ。被害者の人権擁護の衣を纏っているだけに、より悪質だ。
(2021年11月28日追記: 「考える会」サイト引越しに伴い、この記事のタイトルは以前のものから変更されていたが、上記に記したミスに関してはそのまま残っていることを確認した。)
https://twitter.com/yamtom/status/1229461413443198976
https://twitter.com/nogawam/status/1229287057291268096
https://twitter.com/PeacePhilosophy/status/1229458258269626378
また、当会メンバーはダートセンターにも、同センターのメールフォームを使ってメールを送っている。誤訳問題に加えて、「考える会」が加害者である広河氏擁護の目的を打ち出したサイトであることも書き加えたのだが、ダートセンターからの返答はなかった。
今回、この記事を書くにあたり、「考える会」の当該記事を久々に見てみたところ、私たちが指摘した箇所のいくつかが訂正されていることに気がついた。例えば「public policy」が「社会秩序」と誤訳されていた箇所は、「公共政策」に直っていた。ツイートで誤訳を指摘されたのを見て密かに直したのか、あるいはダートセンターから「考える会」に問い合わせがあり訂正という流れになったのかはわからない。
いずれにせよ、誤訳よりも根本的な問題である、ダートセンターの出した文書の「考える会」による翻訳が、加害者擁護の目的のために使われているということについて、ダートセンターが何もせず、そのまま翻訳許可を与えているのは大きな問題である。同センターの活動そのものにも疑念が湧くレベルだ。コロンビア大学のジャーナリズムスクールなら、日本語ができる人が「考える会」のサイトを読み、同会の目的を確認するなどいくらでも可能だろう。それをせず、放置しているダートセンターの責任も問われるところだ。
私たちが表立って指摘した「考える会」によるいくつかの誤訳はいつの間にか訂正されていたのだが、再び記事を読んでみたら、まだ誤訳は残っていた。どうせ直すなら、文章全体をしっかり確認しなおせばいいのに、それを怠ったのか、それとも根本的にわかっていないために、チェックし直してもなお誤訳だと気づかなかったのだろうか。
以下、いくつか「考える会」の誤訳の事例を挙げてみよう。
1)
サバイバーがどう感じているかわかると言ってはいけません―それはわからないのです。代わりに、こう言うことができます。「これがあなたにとってどんなに苦しいことかわかります」
日本語が「それはわからないのです。」と言いながら「わかります」となっているのは矛盾していて意味不明である。この翻訳文に対するオリジナルの英文は以下となる。
Never say you know how they feel – you don’t. Instead, you could say, “I appreciate how difficult this is for you”.
日本語だとknowもappreciateも「わかる」と辞書には書かれているが、ここでは「わかります」ではなく、「大変なのにありがとう」と言った感謝の気持ちを表す表現だろう。この英文の翻訳は、「サバイバーがどう感じているかがわかるとは決して言ってはいけません。あなたにはわからないからです。むしろ、『とても大変なことなのに話してくれてありがとう』ということはできます。」という感じである。この文章を翻訳する際に、「考える会」が「わかる」という言葉を使っているのは致命的だ。
2)
しかし、調査が終わっても、それを放置しないでください。この話題に関する知識は多ければ多いほどよく、特定の個人が自分たちに起きた出来事をどのように経験したかを予測することはできません。
オリジナルの英文は以下だ。
But once you have done your research, leave it at the door. It doesn’t matter how much knowledge you have on the topic, you can never predict how a particular individual experienced the events that happened to them.
「考える会」は”leave it at the door”を「それを放置しないでください」とし、さらに”It doesn’t matter how much knowledge you have on the topic”を「この話題に関する知識は多ければ多いほどいいですし」と訳している。しかしここは、「それ(調査で知ったこと)は置いておいてください。どんなにこの問題に関する知識があっても関係ありません」という意味だ。個人の経験はそれぞれ違い、その人が自身に起きたことについてどのように経験したかは、決して予測することはできないから、とダートセンターは書いているわけだが、「考える会」は全く逆に訳しており、完全な誤訳だ。
3)
紛争時における兵士のレイプは戦争犯罪です。それを不運と書き表しますが、戦争のありきたりな側面と表現するのは好ましくありません。
オリジナルの英文は以下だ。
During conflict, rape by combatants is a war crime. Describing it as an unfortunate but predictable aspect of war is not acceptable.
この文章は「紛争時における兵士のレイプは戦争犯罪です。それを不運な、戦争の予想できる側面であると記述するのは許されることではありません。」という意味だ。つまり、戦争犯罪を単なる「不運」と書き表すべきではない、とするダートセンターの文章について、「考える会」は「不運と書き表しますが」と訳してしまっている。
Google 翻訳よりひどいところもあるな。「不運な人としてそれを書き表しますが、戦争のありきたりな側面というのは是認できません」という部分とか。https://t.co/s1KMKm1sHc
— 能川元一 (@nogawam) February 17, 20203つの誤訳の例を挙げたが、性暴力報道のために気をつけるべきことを述べている記事なのに、英語の読解力の欠落とか、ケアレスミスとかいうことを超えて、根本的に原文の意味を変えてしまうレベルのミスである。性暴力報道という、通常の報道以上に細かな気を使わないといけない局面において、致命的なミスだと言えるだろう。このことからも、「考える会」が性暴力の問題に無頓着であり、被害者の人権など実は考えてもいないことが見えてくるのではないだろうか。
性暴力被害者の人権を守るために書かれたはずのダートセンターの文書が、「考える会」の翻訳及び広河氏擁護サイトへの掲載により、加害者擁護のための文書に化けてしまったのだ。被害者の人権擁護の衣を纏っているだけに、より悪質だ。