広河隆一氏は、いわゆる「人権派」のフォトジャーナリストで知られていただけに、2018年末の「週刊文春」を皮切りに世に知られることになった彼の長年にわたる性暴力は、「平和」「人権」のために権力と闘うと標榜している世界に衝撃を与えた。そのせいか、彼の同業者(フォトジャーナリスト、ドキュメンタリー映像作家、「チェルノブイリ」「フクシマ」など反原発の世界の人々など)とも言える人たちは概ね口を閉ざし、公に広河氏を糾弾することはほとんどなかった。私(乗松)が個人的にコンタクトをとった同業者は、1)無視する、2)広河氏の生い立ちなどを引き合いに出し同情する、3)「ああ、あんなの誰でもやっている」と矮小化するような傾向があった。同業者が、公的に懸念を表明するような記事やSNSもあったが、広河氏を結果的には擁護しているとしか思えなかったり、言い訳がましかったりするものがほとんどであった。
社会運動内のハラスメントが発覚するとき、その運動のコミュニティー全体の向き合い方が問われることになる。先日、新たに、沖縄における社会運動内の性被害が報道された。9月28日付『琉球新報』社会面で、2018年1月、沖縄の運動体の宿泊施設で、運動に関わる女性が、運動体の男性からセクシュアル・ハラスメントを受けた件だ。女性は「強い口調で何度も制止」したが、男性は女性を「どう喝」し、そこで見ていた運動体の別の男性も傍観しているだけであった。寝室に逃げ込んでも男性は寝室まで入ってきて、他の宿泊者が止めに入りようやく止まったという。どれだけ怖かったことか、想像するだけで体が震える。
私が信じられないのは、加害者、傍観者双方が今でも新聞社の取材に対し、酒を飲んでいたから「はっきりと覚えていない」「記憶がない」と話していることである。反省も誠意のひとかけらも感じられない。この運動体が謝罪文を出し、「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」共同代表の高里鈴代氏を講師に迎え勉強会までやっているのだから、この男性たちが構成員を成す運動体としては明白に事実を認定しているのである。それなのに個々の取材で「覚えていない」とは。韓国出身のフェミニスト学者の友人が、「韓国も日本も酒に酔っていることが刑罰の減免につなが」ってしまう文化であると言っていた。日本では「酒の席では多少のことは許される」という価値観自体が女性を危険に晒しているのだ。
9月28日「琉球新報」の報道は転載許可を受けてPeace Philosophy Centre のブログに転載した。ぜひまずこれを読んでほしい。識者談話として、高里鈴代氏、村上尚子弁護士のコメントも出ている。
https://peacephilosophy.blogspot.com/2021/10/by-sexual-violence-within-social.html
↑この報道に対するコメントとして、私は同紙に連載している「乗松聡子の眼」44回目として、10月3日にコラムを出した。これは私が著作権所有者なので私がテキストを転載するには問題ないということなのでここに転載する。(文中のリンクは著者が転載にあたって追加したものです)
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社会運動の中の性暴力 被害者を孤立させるな
乗松聡子
9月28日の本紙社会面に「性的被害 社会運動でも」という見出しで、沖縄の社会運動の中で起こっている性差別や性暴力という人権侵害に焦点を当てた記事が出た。
「#MeToo」運動は2017年10月、米国の大物映画プロデューサーのハーベイ・ワインスタイン氏が自分の権力を使って多くの女優に性暴力を行ってきたことを「ニューヨーク・タイムズ」がスクープしたことがきっかけに拡大した。
米国の#MeTooの火付け役が米国を代表する新聞だったことに比べ、概して日本の新聞は性暴力報道に及び腰で、被害者は週刊誌に頼らざるを得ないように見えた。「人権派」フォトジャーナリストの広河隆一氏の長年にわたる性暴力を最初に報じたのも、「週刊文春」だった。
そのような状況において、沖縄の米軍基地への抵抗運動を支えてきた新聞社である「琉球新報」が敢えて運動の中の性暴力・セクハラを報じたことは画期的なことであった。私はこれまで、運動の中にいる人たちからはいろいろな話を聞いたことがあるが、沖縄のメディアが取り上げることは今までなかったと思う。
人権を重んじ差別に反対する「社会運動」でセクハラや性暴力が起きるのは、これらの世界でもいまだに圧倒的な男性支配の構造が続いているからである。ジェンダーギャップが国際的にも最悪レベルと言われる日本では、保革を問わず性差別がまん延しており、社会運動だけに真空状態が存在するはずもないのだ。自分を含む、運動の中にいる女性たちは身を持って知っている。
昨年9月ツイッターに登場した「すべての馬鹿げた革命に抗して」というアカウントは、社会運動に参加したことのある女性たち53人にアンケートを行い、うち9割以上が運動内でセクハラを体験・目撃している。そこには、「反権力」「平和」「人権」を謳う者たちがいかに自らの権力を利用して女性を踏みにじってきたかの生々しい実例が多数報告されている。
社会運動で起こるセクハラや性暴力の被害者が声を上げようとすると、「運動を割る」「権力側を利する」といった理由で隠蔽圧力がかかる。女性なら味方してくれるかというと、そうとも限らない。性差別を内面化した女性が加害者を庇ったり、「それぐらい我慢して当然だ」と言ったりするときがある。それで被害者はますます孤立感を味わう。
本紙の記事で証言した被害者・体験者はそのような圧力に負けずに声を上げた女性たちだ。もちろん活字になるケースは「氷山の一角」である。彼女らは、同じことを繰り返させないとの一心で、思い出したくもない体験を何度も再現するのに、加害者側は「知らない」「覚えていない」の一言で一蹴してしまえる。彼女らは、何も悪いことをしていないのに、加害者と顔を突き合わす可能性がある運動にもう戻ることすらできない。
これらの不条理の中で、被害者の言葉を受け取る者たちの責務は、彼女らを孤立させないことだ。いま、運動の中ではハラスメント学習会が開催され、いろいろな「気づき」が起こっているということも聞いている。本紙の記事をきっかけにこのような動きが広まることを願っている。(「アジア太平洋ジャーナル・ジャパンフォーカス」エディター)
(10月3日「乗松聡子の眼」転載 以上 デジタル版ではここ)
今回のケースは3年以上経ってやっと報じられた。ここまで来るには長い道のりがあり、このケースの背後には、被害者が証言できないといった理由で報じることのできないもっとたくさんのケースがある。今回の記事の被害者の勇気、忍耐力、持久力に心から敬意を表する。
これらの記事を読んで、広河隆一氏が代表を務めていた「DAYS Japan」 の元編集者、小島亜佳莉氏がコメントをくれた。
この記事が出るまでにたくさんの苦労や実際には書けなかったことなどもあると思いますが、それでもこれだけの記事が新聞に載ったというのは本当に第一歩だと思いました。広河隆一の問題が明るみになったときに、こういった社会運動だからこその構造的な問題がもっと広く考えられるような動きになればいいと思っていたのがなかなか十分にはできなかったなという少し悔しい思いがあったのですが、またこれも一つのきっかけになるんじゃないかと思います。少しずつでも変えていけるように私も動いていきたいです。
小島氏が言うように、これは「第一歩」、始まりであり、終わりではない。沖縄から基地を減らしなくそうという運動、言論に参加してきた私としても、運動自体の中で女性やマイノリティの人権が侵害されるような運動ではいけないと思う。運動のためにもこのようなことが起きたら運動コミュニティー全体でしっかり向き合い、加害者が誠意を持って償うことが大事だ。見て見ぬ振り、なかったことにしてはいけない。
私のコラムで触れた「すべての馬鹿げた革命に抗して」のツイッターアカウントは、SEALDS運動に関与した女性たちによって始められたと、毎日新聞の記事(2020年11月8日)は報じている。女性たちはこうやって匿名で声を上げているのに男性たちはどうなのか。SEALDSに関わった男性たち、目撃した男性たちはどうして何も言わないのか。衝撃的な内容なのにもかかわらずフォロアーも2500人強、取り上げたメディアも毎日新聞だけで、社会的な注目を浴びているとは言い難い。
広河氏の被害者、沖縄の運動の被害者、SEALDSを含む日本全体のリベラル運動におけるハラスメントの被害者たちを孤立させず、自分たちの闘いのメッセージと言動が矛盾しない運動体を作り上げてこその運動だと思う。ある、運動内のハラスメントを目撃した女性はSNSで「左翼の運動業界はリベラルの皮をかぶった家父長制の権化」と言っていた。構造問題に目を向けながらも個々の事例に向き合い、被害者を孤立させずに、ハラスメントのない運動を築こう。
★★★
今回の件では他の沖縄メディアでもまだ後追い取材をしている様子はないし、運動の中でも静かな波が起こっている感覚はありますが概ねスルーされています。SNSでシェアしても「いいね」「大切だね」リアクションは一定数あっても、自分からシェアしたり声を上げる人はあまりいないです。
目をそむけないでください。無視しないでください。「貴重な記事を」とか「ご教示を感謝」とか言って関心のあるフリだけして行ってしまわないでください。「世の中には他にも重要なことがある」とか言って脱線させないでください。「自分はこういう記事を書いている」とか言ってきて、自己宣伝しないでください。私たちが提示する実例にまずは目を向けてください。被害者に思いを馳せてください。共に声を上げましょう。
21年10月7日 乗松聡子
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